Develop your own unique language(10日目)

さてさてフィレンツェ3日目は、自由行動の日である。
夕飯のときにまた集合ということで、朝から三人は思い思いの場所に出かけていった。

僕はまずA藤くんとサンタ・マリア・ノヴェッラ教会に向かう。
この教会の経営する薬局は、教会からは離れた場所にあるのだけれど、昔ながらの製法でハーブを調合しているとかなんとか。
香水や石鹸、エッセンシャルオイル、あるいは蜂蜜などを買いに行く。もちろんこれは自分たちで使うわけではなく、おみやげである。

ちなみにサンタ・マリア・ノヴェッラの例の薬局は昔の建物をそのまま使っているので、なかなかおしゃれである。男二人で乗り込むような場所ではない。

と思いきや、薬局はまだ開店していなかった。
昨日に引き続き、早く行動しすぎたようである。
仕方ないので、真向かいのバールでブルーベリーとラズベリーの乗ったパンとエスプレッソを注文する。それぞれ0.9ユーロである。地元の人々が朝食を取っている中に混ぜてもらって、カウンターでそれらを食べる。

「なんかさあ、ヨーロッパの人ってみんな顔が似てるような気がするね」と僕はカウンターで働くおばさんを見ながら言った。
「あの人もさあ、今泊まっている宿のおばさんにそっくりだよ」と僕。

しかし目が合ってようやくお互い気づいたのだが、その女性は宿の管理人その人であった。
今朝はいないと思ったら(タンクトップを着た旦那さんが番をしていたのだが)、朝はここで仕事をしていたのだ。びっくりである。気まずかったが笑顔を見せて、軽く挨拶をする。

さて目的物を買ってしまうと、僕は今日も美術館に行く。サンタ・マリア・ノヴェッラ教会から歩いて5分くらい。まだ新しいその美術館はストロツァ宮。かつてのメディチ家の屋敷をそのまま使っている。

今回、僕は街中に掲げられていた
Picasso,Miro,Dali」
という企画展を観にきた。彼らはスペインを代表する三人の現代美術の巨匠である。
彼らがお互いにどのように影響を及ぼしあい、いかに独自の世界を作り上げて行ったか。
なにしろピカソの「青の時代」の作品を見るチャンスなど、杜の都に暮らしていると滅多に訪れないのだ。

エルメスやらグッチなどのブランド店が軒を連ねる大通りに、その美術館はひっそり入り口を開けていた。
ストロツァ宮は吹き抜けの天井と中庭を擁する、ロの字型の構造になっていた。
街の中の美術館というのは、特によく晴れた朝は、静かで好きだ。朝の光が中庭に降り注いでいる。

チケットを買おうとすると、受付に腰掛けている眼鏡の兄さんが
「なにか割引できそう?」と英語で訪ねてくる。
残念ながらEU市民でもないし小学生でもない。
「国際学生証持ってる?」
「いやー、これでよければあるんだけど…」
と、僕は例の紫の学生証を見せてみる。おもいっきり日本語の学生証である。
だが写真の下にUniversityと英語で書いてあったのが幸いした。
「ああ、これでいいよ。じゃあ8.5ユーロ」
11ユーロから割引してもらった。ありがたいありがたい。

階段をゆっくり登ると、右手に企画展の入り口がある。
薄暗い照明。イントロダクション。
まずそこに飾られていたのは、ピカソでもミロでもダリでもなかった。
ギリシャ時代の、それも顔の彫刻である。
解説はイタリア語と英語の両方が併記される。

Why not start at the beginning?

この美術館はレトロスペクティブに、時系列を逆行しながら作品を追って行く。まずダリがピカソと初めて会ったと言われる1926年。ピカソ何歳、ダリ何歳。

This is a story without climax, a plot or a happy ending, but it is a story that tells the key moments in the carriers of Picasso, Miro and Dali.

ダリは当時の最先端であったキュビズムにモロに影響を受けている。
ピカソの影を追うミロ、そしてダリ。
ダリの絵は次第に、というか時代が遡るにつれて、キュビズムから印象派へと戻っていく。
こうして僕たちは三人の芸術家たちのキャリアのその初期を辿って行く。

そこに並べられた絵にはピカソ、ミロ、ダリとわかるようなものは少ない。
彼らもまた若いときは模倣を繰り返し、そこから自分の世界を徐々に作り上げて行ったのだ。
芸術家としての成長や胎動によりスポットを当てている。

最後に舞台はパリからスペインに移り、鑑賞者はピカソのキャリアのごく初期 ーーつまり貧困や苦悩を凝視した青の時代、それ以前にはおよそ15歳の少年が書いたとは思えぬ技巧的な絵画ーー を目撃する。

そしてどちらかというと唐突に、時代を逆行する不思議な旅が終わりを告げた。
次の部屋は、epilogueと名付けられている。

Their pioneering days are over.

自分一人の道を見つけ、それを歩み始めた壮年期の写真。それから彼らの代表作が一枚ずつ。
なかなか興奮した美術展だった。
気になった言葉をいくつかメモしておく。最後の部屋でこんな言葉を見つける。
Develop your own unique language.

その後はフィレンツェの街をぶらぶら歩く。
夜になって三人は集まる。A藤くんがトスカーナワインの試飲会会場を見つけたらしい。

まず10ユーロ払ってグラスとスタンプカードをもらう。
それから広場に並んだ各ワイナリーで好みのワインを飲み、一杯飲むごとにスタンプに穴が空く。
このように計10杯まで試飲できる。我々はさすがに一人10杯も飲めないから、グラスを共用して三人で10杯としようと決めた。
だが会場につくや否や、「これも使ってくれ」というお兄さんが現れた。手渡されたカードには、まだ3つしか穴が空いていない。
これで17杯も試飲できる! と喜んだ者は一人もいなかった。

トスカーナワインといえば赤ワインだが、その美味しさは素人でもわかった。
後にローマでワインを飲んだときはみんなで顔をしかめたくらいである。ちなみにイタリアで、いつも美味しいワインに出会えたわけではない。けれど、美味しいワインはこんなもんだ、という経験はしたつもりである。

しかしこの試飲会では別にそんなこと考えもしなかった。
ひたすらに飲む。味もよく分からなくなってくる。だが飲む。
もう1時間で試飲会は終わってしまうし、なにしろ勿体無い。
最初にもらったパンフレットに面白半分みんなで点数をつけて行く。
次第に酩酊する。だがアルコールの汚泥を這いずるように飲む。
するとそのうち、お開きになる。周りには酔っ払いの集団。我々もその一部だった。

スタンプカードを見ると、我々が飲んだのは計10杯くらい。
ただしスタンプを押されなかったのもあるから、11,2杯と言ったところだろうか。

この後、酔い醒ましにミケランジェロ広場まで歩く。
ここはモンキーおすすめの、夜景スポットである。
登りは結構キツかった。ぜーぜー言う。
「こんな風に歩くと酔いが醒めますなあ」とモンキー。
「いや、むしろ回ります…」と僕。
しかし景色は格別であった。アルト川に沿って歩いて、ホテルまで帰る。

明日はとうとうローマに行く。知らず知らずに、結構疲れが溜まってきた我々だった。