フジロック見聞録part2

グリーンステージに行くまえにやるべきことがあった。Coldplayまで見たら予定終了時刻は11時過ぎである。食事をとっておかねばなるまい。

そこで僕はWhite君を先ほどのタイカレー屋に連れて行った。自分はレッドカレーを食べて少し後悔したので、white君にはグリーンカレーを勧める。
僕はさっき食べたから、シンハービールをもう一杯。Arctic Monkeysのときの地獄のモッシュピットを考えれば、この時の水分補給がいかに大切であったかが痛感されるのである。

ぬかるんだ土に折りたたみ式の椅子を広げて、適当にくつろぐ。
そのくつろぎっぷりがアレだったのか、White氏に「疲れているんじゃない?」と心配されてしまった。もしかしたらそうなのかもしれない。
だが戦いを前にしてそのような逃げ腰は禁物である。ビールを流し込み更なるアドレナリン分泌を促進する。

準備を整えた僕らがグリーンステージに行くと、Jimmy Eat Worldの演奏の真っ最中だった。なかなかいい。

雨が降ってきたのでwhite氏はcolumbiaの派手なポンチョを着ている。
半ズボンなので、下からは素足がにょきっと出ている。こうなるとズボンを履いているか否かは本人以外知らない。

適当に声を出したり手を挙げたり跳ねたりする。
しかし隣では何かに憑りつかれているかの如く一人激しく踊っていた女性がおり、彼女の半径1.5メートルには誰も近寄れなかった。

だが果敢なカメラマンが一枚パシャッと彼女のシャーマン的舞踏を撮影し、名刺を手渡して素早く去って行った。
ああいう人の写真っていうのが一番面白いのだが、勇気と経験が無いと中々撮れない。この辺の嫌らしくない一連のプロの動作というものは、写真部兼テニス部としては勉強になる。

周りもなかなかに盛り上がっており、特に最前線では物凄い人のうねりである。
ダイブした人が大玉転がしのように人の海を渡ってゆき、黒人のスタッフにキャッチされてゆく。
このような光景が幾度か繰り返されているうちにJimmy Eat Worldのステージは幕を閉じた。

次はArctic Monkeysである。
White氏の「どうせだから前に行こうぜー」という提案を受け、僕らは入り口に並んだ。
このステージ直前のエリアは一番デンジャラスゾーンなので、人が押し寄せたりつぶれたりしないように、いちおう囲いが設けてある。
バンドの入れ替わりの時に入り口が開いて、そこから入れるようになっているのだ。

僕らが到達したのはまあ大体最前列から5、6列目といったところだろうか。すでに人はギュウギュウ詰の状態である。なんとなく先が色々と思いやられた。
「誰か青い携帯見ませんでしたかー?青い携帯を探してますー」
背後から悲しげな女性の声が聞こえる。この環境で携帯電話を落としたらどのくらいの確立で見つけられるのだろう…。
見つかったとしても、それは象の大群に踏み荒らされた卵の如く、跡形もないかもしれない。よしんばこの雨である。
なんて可愛そうなんだ。楽しいフェスに来てこれほどの悲劇はない。僕らは自分たちの携帯と財布を今一度厳重にしまい込んだ。

サウンドチェック、マイクチェック。
この状態で40分待つ。

さてArctic Monkeysのご登場である。凄い悲鳴である。悲鳴というか絶叫である。周囲の異様な熱気に嫌でも…
「健闘を祈る!」とwhite氏の声がした。

身構える隙もなく、それは始まった。
Library Picturesの最初の一音がステージに響いた瞬間、僕らの生き残りをかけた戦いの火蓋が切って落とされたのである。

雪崩である。これは人の雪崩である。
熱狂、殺気、興奮。
右から、左から、後ろから、もんのすごいエネルギーが押し寄せてくる。
洗濯機である。まさに洗濯機に入れられた靴下の如く…

E=1/2MV^2+MgH
(E=エネルギー、M=質量、V=速度、g=重力加速度、H=高さ)
[力学的エネルギー保存の法則]
ある閉じた系においてエネルギーの総量は変化しない。
しかし摩擦力も考慮に入れなければならないな。
この場合の系とは、囲いに収められたこの糞どものことなのか?

…これは走馬灯か、高校物理学について思いを巡らせている場合ではなかった。
後ろの男の手が頭に当たる。雨と汗でぬるぬるとした手が。
おい後ろのお前、口で呼吸するな。
嗚呼このままではマジで胸郭が潰れてしまう、肺が拡張しない。
これは21世紀の新しい拘束性換気障害だ、誰か酸素投与してくれ!

畜生、このまま死ぬのか…。
嫌だなあ、フェスで死んだら。

その時音楽は一瞬止んだ。
しかし人々はその興奮を静めなどしなかった。此処にいる者どもはそんな連中ではないのだ、当たり前だが。
僕は絶望の中で覚悟を決めたのである。

こうなったらとことん戦ってやる。混乱に乗じて、最前列を確保してやる。
僕は策をつかんで離さない外国人女性の背を見た。
そこは40分後には俺の場所になる、首を洗って待ってろ。

というわけで別の意味で興奮しだした僕の耳には音楽は遠くなる一方だった。
ただひたすら前進することと殺人的モッシュに耐えることだけが、唯一至上の目的と化した。
というかそれ以外にここを生き延びる術を見いだせなかったのである。だってそうじゃなければ、あまりにも救いがないじゃないか?

「Alex,We love you!」
背後の外国人(♂)が大声で叫ぶ。これほどまでにイケメンが憎いと思ったことはない。
だが前に進む…重いものをさりげなくかき分けながら、一進一退を繰り返しながらも、なんとか最前列に近づいてゆく。
テニスで足腰を鍛えておいて、本当によかった。
周囲の酸素濃度は低くなる一方である。本気で息苦しい。血中の二酸化炭素分圧が上昇すれば脳血管が拡張して…

そのとき僕はヤングジャンプで好評連載中の『孤高の人』を思い出した。
文太郎は今週も頑張った。前回はザイルを落としたし、今週は胃液を吐き幻覚を見ながら雪山を歩いてるし。
僕は荒れ狂う吹雪の中のK2東壁を想像した。次回も頑張れよ。といっても、あと三回で最終回らしいけど…。

周囲の熱狂と喧騒、そして繰り返される激しいボディアタック。雨、体臭、歌。
しかしいったい何なんだろう、この眼前で繰り広げられている光景は。
この不条理極まりないカオスの中に身を置きながら、僕は限り無い静寂を感じていた。

part3に続く

…と言いたいのだけれど、いつ書くかはわかりません笑

とりあえずarctic monkeys ののち、coldplayのライブをしっかり聴き、飯を食べ、それから怪しげな施設に入ったり、リンダリンダを聴いたり。

まあ、いつか(と言って書かないんだよなあ…)