≪真の恐怖とは人間が自らの想像力に対して抱く恐怖である≫
いよいよ高次修練第2期『耳鼻咽喉・頭頸部外科』がスタートした。イタリアである。
我々は明後日5/25に日本を飛び立ち、6/8に帰ってくる。
中耳マイクロサージェリーをめぐる冒険がまさに始まろうとしていた。
初夏の柔らかな光と風が医局に差し込み、我々の旅路の遥かならんことを祝福しているように思えた。
しかし意気消沈している男がいた。
『私のテンションはいま本当に下がっています』
Y田さんである。彼もまた、トラベラーズ・ブルーに罹患している一人だった。
食堂でかつ丼(ご飯少な目)を食べながら、イタリアで襲い掛かる可能性が拭いきれない数々の不安と妄想に、リアルに打ちひしがれていた。
かつてジョセフ・コンラッドが≪真の恐怖とは人間が自らの想像力に対して抱く恐怖である≫と言っていたのを僕は思い出した。
A藤くんのテンションはどうだい? 僕が尋ねると、彼は人差し指をゆっくりと天井に向けた。上がっている、ということだ。
Y田さん、A藤くん、そして僕。3人でイタリアへ赴く。
我々は去年の臨床医学実習で同じ班に所属していた。控えめな男子三名に一瞬不思議な力が作用し、僕らのイタリア行きは運命づけられた。
本日は初日にして大学に来る最後の日でもあった。そのため、大慌てで留学届を提出したり、教務科でもっと早く出せと叱られたり、海外旅行保険に入ったり、ミラノ中央駅付近の治安について想像したりして、割とドタバタした一日であった。
ちなみにY田さんは、前世はドイツ人、来世もドイツ人と豪語する立派な宮城県民である。イタリアでは、ドイツ製のリフレックスハンマーを買おうと画策している。
A藤くんは、医学部弓道界では名の知らぬものはいないであろう、弓の達人である。ドイツ製のリフレックスハンマーは必要ないと思っている。
明日は成田に前泊するため、いよいよ仙台を離れる。
洗濯をし、部屋を軽く片づけ、忘れ物がないかチェックを繰り返す。
そしてそれらはどれも終わっていないが、とりあえずブログを更新する。
また地震の時にロードバイクを盗まれた苦い経験があるので、新しく購入した折りたたみ自転車を玄関に運んで隠しておくことにする。
さて、そろそろ準備をしよう。そして『深夜特急』を読んで、イタリアに向けて静かに気持ちを高めよう。
昨日は軟式テニス部の新歓であった。
遅れて入ったのだが、ここにいるのが全部うちの部活か? と一瞬目を疑うほどの人数だった。
新入生がたくさん入ったという。嬉しい限りである。今まで以上に楽しい部活にしてほしい。
しかし何より新歓でもっとも注目すべきは爆発的な狂態を演じる2〜4年生である。
その狂喜乱舞の裏にほの見えた彼らの頑張りを思うと、上級生として胸を打たれるものがあった。
とくに2年生の時は、嬉しいだろう。だから新歓は、毎年荒れる。
現在進行形で人生の汚点を更新し続けた後輩の痴態を肴に、黙って盃を重ねる。
誰にもそういう時代があるものだ、後悔はしても心配はしなくていい。
多分。